最後の部屋:Aqoursと俺と過去と未来
Aqours finale LoveLive! ~永久stage~が終わったね。
言うまでもなく最高のライブだった。
間違いなく有終の美を飾ったのだろう。
そして、ライブの後友人と話したりTwitterを見てたりすると、みんなすごいなあと思うわけだ。
なんか、みんな清々しい気持ちで、晴れやかに最後を迎えているなあと。
気持ちはわかる。わかってしまう。
俺も半分くらいはそうだから。
本当に良い最後で良いライブだった。10年間本当にありがとう。
そして同時に思ったんだ。俺はいったいいつからこうなってしまったんだろうと。
だってそうだろう。
例えばfinaleライブの日付が4thライブや5thライブの直後だったなら、2018~2019年とかだったなら絶対にこうは思っていないはずなんだ。
絶対に嫌だと泣き喚きながら駄々をこねて、聞き分けの悪い赤ちゃんみたいになっていたはずだ。
だけど今の俺の中に、そんな気持ちは半分くらいしかない。これが残りの半分。
俺はずっと言っていた。
「finalライブなんてやらずに、クソみたいな惰性でもいいから死ぬまで活動を続けてくれ」って。
今でもそう思っている。
そんなの無理だと心ではわかっているのだけれど。
話を戻して、俺がいったいどこでこうなってしまったのかと考えると、まあ間違いなくコロナのせいなんだろう。
あの頃Aqoursの供給が極端に減って、現地ライブ参戦という行為自体があまりにも貴重になってしまった。
「もしも」はないんだけど、それでも何度も思った。今でも思っている。コロナが無かったらAqoursはどうなっていたのだろうと。
人間というものは、物理的な距離が離れるのに比例して心の距離も離れてしまうものだ。
あのとき俺は何度も見てきた。
かつて一緒にAqoursにハマっていた人たちが、Aqours以外の居場所を見つけて離れていくのを。
その居場所というのは別のエンタメだったり、別の趣味だったり、仕事だったり、最愛の人だったり、いろいろだ。
その頃から単番でライブに行くことが増えた。Twitterで見なくなる顔も増えた。
2023年に幻日のヨハネが放送されて、観てる人もそこまで多くなくて、その年末の幻ヨハライブに来てる人なんて他にはほとんどいなかった。
でも気持ちはわかる。
俺もあの頃ほどの熱量があったわけじゃなかったから。
そして、自分の中からあの頃の熱がどんどん失われていくのがわかって寂しかった。怖かった。
だけど、みんなにとってそれは良いことなんだ。
Aqours以外の拠り所を見つけられたんだから。
自分の中から熱が失われていくのに自覚的でありながら、それをなんとか離さないようにいつまでもAqoursに縋っている俺がおかしいだけなんだ。
でもしょうがないだろう。
Aqoursほど俺の人生の中心になって、Aqoursほど俺の奥底に入り込んできて、Aqoursほど俺を変えたものなんて他にないんだから。
俺は明確にAqoursによって人生を180度変えられたし、間違いなくAqoursに救われたんだ。
俺はAqoursがいたから今こうして生きていられるんだよ。そんな存在を求め続けてしまうのは仕方なくないか。
みんなすごいよ。
みんな未来に進んでる。
ここから近くの ここから遠くのどこかで また会おう
『僕らの海でまた会おう』
それはどこなんだ。いつなんだ。教えてくれ。
「また次のライブで!」
そういって別れていたあの頃はもう戻ってこない。
ライブは泣いたよ。ボロ泣きだった。不満なんて1ミリもない。
歌詞の1つ1つが心に刺さって、あの頃の日々が思い出されて泣いた。
僕らの景色も変化して この瞬間もいつか思い出になるの?
『DREAMY COLOR』
なあ、今は脳内に焼き付いているfinaleのあの輝きも、いつかは色褪せて過去になっちまうのかな?
俺は聞きたかったよ。もっと次のAqoursとの時間を想像できる言葉を。
だってあの頃は歌ってくれてたじゃないか。
今日はどこで 君と遊ぼうかな
『Landing action Yeah!!』
って。俺はまだまだAqoursと、みんなと遊びたいよ。
先にも書いた通り、俺の人生はAqoursによって変えられた。
元々は消費する側だった創作というものを作る側に回りたいと思うようになり、それを仕事にしたいと思うようになった。
だけど現実の厳しさに打ちのめされ、創作に関係ない仕事をしている時間が全て虚無に感じるようになった。
だから、俺は人生の最高目標地点からちょっとだけ目を逸らして、90%の道を選ぶことにした。少し違う角度で物語を作ることに携わることにした。
この選択は正解だったと思っている。今の生活は大変だけど楽しいよ。
だけど同時に思うこともある。これで良かったのかと。
一応、俺も少しだけ進んでいる。
進んでいるけどAqoursには囚われている。
周りを見ると、すごく先に行ってしまったようにも感じる。
俺はいったいどこにいるんだ。
ひとりひとり それぞれの道 やがて選ぶと知ってたのかい?
『WONDERFUL STORIES』
知ってたよ。
ダイヤも果南も鞠莉も、別々の道を歩き出したもんな。
わかってた。わかってても、離れると苦しいな。
こんな風に思ってしまうのは、Aqoursに対して失礼なのかな。
やっぱり清々しい気持ちで彼女たちを送り出すべきなのかな。
だってAqoursはずっと言ってくれていたもんな。解散するわけじゃない、すべての活動が終わるわけじゃない、永久になるんだと。
無くなったりしない。ゼロにはならない。ずっとここに残ってる。
頭ではわかってるんだ。なんなら心でもわかってるんだ。
だって俺自身が一番実感してる。
俺の中に根付いたAqoursの精神を。これは絶対に無くなったりしないものだ。
でもさ、やっぱり寂しいんだよ。
Ah! どこへ行っても忘れないよBrightest Melody
『Brightest Melody』
これは呪いだ。
俺は一生Aqoursの言葉を、歌を忘れることなんて絶対にできない。
この先何が起ころうと、どんな出会いがあろうと、俺の中のAqoursは消えない。消えるわけがない。
だから俺は永遠に進み続けなければならない。次の未来を探さないといけない。そうAqoursに言われたから。俺の中に染み込んだAqoursの心がそう言っているから。
だけど、そう言ってくれていた人たちはもう未来にはいないんだ。過去にしかいない。
過去の言葉に縛られてるのに未来を向かなければいけない。そういう呪い。
そしてこのブログも呪いだ。
あれだけAqoursにあてられていたはずなのに、清々しく心置きなく前に進もうとしている奴らへの小さな楔だ。
誰も彼もが100%清々しい気持ちでいるわけじゃない、あの頃のお前たちもそうだったはずだと気づかせる呪い。
ずっとここにいたいね 好きだよみんな
『WATER BLUE NEW WORLD』
Aqoursも、出会ってくれたみんなも大好きだぜ。
ずっとこのままでいたいと思ってる。
でもね、みんなは旅立ってくってわかってるからさ。
俺も進まなきゃいけないんだよな。
だけどAqoursもこう言ってるからさ。
夢は夢のように過ごすだけじゃなくて 痛み抱えながら求めるものさ
『WATER BLUE NEW WORLD』
ちょっとだけ、俺と一緒に苦しんでくれよな。
とまあそんなことも言ってみたけど、Aqoursに、Aqoursを通じて出会ってくれたみんなに伝えたい1番の気持ちはやっぱり感謝なんだ。
あなたたちのおかげで、かけがえのない10年という時間を過ごすことができた。本当にありがとう。
それは間違いなく俺にとって最高の宝物で、決して消えない思い出になった。
Thank you, friends 会えてよかったな 最高の絆
Thank you, friends 大好きだよってさ 伝えたかった
『Thank you, FRIENDS!!』
みんなが違う未来に向かっていくけれど、俺も進めるように頑張るから。
「俺にとってのラブライブ!サンシャイン!!」のように「誰かにとっての何か」になれるような物語を作るという夢に向かって進むよ。
きっと今ごちゃごちゃ言っているこの気持ちも、時間が解決してゆっくりと落ち着いていくから。落ち着いていってしまうから。
だから最後にちょっとくらいカッコ悪い姿を見せても、Aqoursなら許してくれるかな。だといいな。
この10年で少しでも俺に関わってくれた人たち全員の幸福を心から願っているよ。
Aqoursもみんなもまたどこかで会おう。この空は繋がっているから。
