39部屋目:お前は今まで食った歯磨き粉の味を覚えているか?
ある日私は、目の前のディスプレイに向かいながら仕事という存在の憂鬱さを憂いていた。
早く帰りたい。そんな想いは全社会人が抱えているだろう。
どうにかして仕事から逃れられないだろうか。
そんなことばかりを考えていた。
そのとき、私の脳裏に1つの妙案が浮かんだ。
「そうだ、献血に行こう」
その週は、社内に献血車が来ていた。
これに参加すれば、合法的に仕事をサボりながら社会貢献にもなるというスーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルな方法ではないか。
思い立ったが吉日。
私は上司にその旨を伝えて、そそくさと居室を抜け出した。
実は初めての献血で色々感じたことはあったのだが、それは今回の主題ではないので置いておく。
ではなぜ、こんな話から始めたのか。
分かる人には分かるのではないだろうか。
そう、献血に行ったら歯磨き粉を貰ったのだ。
献血に行ったら色々貰えるみたいな話は聞いたことがあった。
でも、歯磨き粉を貰えるとは思っていなかった。正直、割と嬉しかった。
時は経過し、その日の夜。
私は洗面台の前に立ち、例のブツを手にしていた。歯磨き粉だ。
それは始めて見るビジュアルのものだった。少なくとも、薬局で見た覚えはない。
ただ、書いてあることを踏まえると、いつも使っている物より良いやつな気がした。
別に調べたわけではないから真偽はわからないが、なんとなく効きそうだ。
歯ブラシに、そいつを出してみる。ピンク色だ。
大きなワクワクと少しの不安を胸に、私はそれを口に含んだ。
……
………
…………
……………
………………不味い。
不味いマズい不味い不味いまずい不味い
不味いマズいまずい不味いマズいマズいマズい不味い
不味い不味いマズいマズい不味い不味い不味いマズいまずい不味いマズい
不味いまずい不味い不味いまずい不味い不味い不味い不味い
なんだこれ……不味すぎる……。
気持ちの悪い甘さと何とも言えない苦さが相まって、絶妙なハーモニーを奏でていない。
口の中に広がるその味は、沖縄の綺麗な海のようではない。海未は私ではない。
今まで私は、歯磨き粉というものに大したこだわりを持っていなかった。
安くて、名前を聞いたことがあるやつを適当に買っていた。
だから効能の差なんて知らなかったし、味を意識したことなんてなかった。
だが、比較してみて始めてわかった。いつもの美味すぎ。
急いで水で口をゆすいだ。しかし味は消えない。
コーラを飲んでみた。何も変わらない。
コーヒーならどうだ。コーヒーがめっちゃ不味く感じる。あかん。
最終手段として、私はいつも使っているクリアクリーンを口に入れた。
そこには、天国があった。
普段、歯磨き粉の味のことなんか考えないそこのあなた。
それは、あなたが美味しい歯磨き粉に恵まれているからです。感謝しましょう。
これからは、歯磨き粉の味というものに少しは気を付けようと思った私なのだった。
終わり
P.S.
捨てるのももったいないので、結局その後も使っている。
人間ってすごいもので、慣れたらなんとかなるのよ。
でも、コーヒーが不味くなるのだけはいただけないので、使うのは夜限定だ。